将来注目のオペラ歌手 ピョートル・ベチャワ(テノール) 

グランド・オペラ 2007年春号 掲載

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将来注目のオペラ歌手 ピョートル・ベチャワ(テノール) グランドオペラ 2007年 掲載

三大テノールブームの後、彼らに続くテノールはもう出て来ないのではないかと思われた時期もあったが、今はテノールが面白い。その中でも加速度が高いのがベツァーラだ(ポーランド語に近い表記をするとベチャーワとなる)。次々に新しい劇場、新しい役にデビューし、現在は『ランメルモールのルチア』で、役デビューとは思えない贅沢なエドガルドを聴かせてくれている。5年程前に、『夢遊病の女』でグルベローヴァの相手役を堂々とこなした時、基礎のしっかりした歌手だとは思ったが、同じベルカントオペラを、こんなにもドラマティックに歌い、安定した発声技術と音楽的熱情と芯の通った美声の三本柱で堪能させてくれると、誰が予想できただろう。 リンツ歌劇場専属だった’96年、チューリヒ歌劇場の『ジャンニ・スキッキ』に代役として呼ばれて成功し、10年後の去年はメト、スカラ座でのデビューも遂げた。エンジニアとして就職する直前の19歳の時、勧められて受けた合唱団が彼の人生を変えた。それまで何の音楽教育も受けていなかった彼が、40歳の現在、「将来の夢は」と聞かれ、「その夢を毎日生きています」と言える上昇エネルギーが、舞台姿からも発散されている。その勝因を彼は、「幸運と勤勉さと忍耐力」と分析する。幸運とは、重要な時に、適切な人と出会えた偶然。例えば、『リゴレット』はアレーナの指揮でデビューし、次には、ヌッチのリゴレット、サンティの指揮で、マントヴァ公の役をより確かなものにすることができたという。(DVD近日発売)
 前述の代役を果たした時も幸運が重なった。劇場専属という制約の中、ドレスリハーサルの日の午後だけは完全に自由であった。たまたまその日に、丁度レパートリーに入っていたリヌッチョの代役の話があり、すぐに向かった。 楽屋で譜面を読んでいると、数日前にテレビで観た、表題役のザンカナーロが訪ねて来て「今晩上手く歌えば、明日には契約書だ!」と励ましてくれた。事実、翌日には来シーズンの契約書が届き、それはもう10年更新され続けている。こうしてテレビの大歌手も同僚となった。
 勤勉さは特に、各作曲家のスタイルを尊重することに向けられているそうだ。それぞれの音楽形式を理解し、区別するための勉強を欠かさない。又、彼は同僚の助言からも沢山学んでいる。彼の座右の銘は『嫌といえるのが最良の芸術』という言葉だそうだ。いくらオファーがあっても、今の自分の声に合わない役は拒否する。当然な事ではあるが、実行できる歌手は少ない。
 忍耐力も、リンツ歌劇場4年目には限界に近付いていたが、そこで耐えていなければ、今はなかったから、と語る。そのチャンスが訪れたのは5年目であった。 9月のチューリヒ歌劇場来日公演では、『椿姫』『バラの騎士』両演目に出演する。飛行機での長旅嫌いな彼を初来日に動かしたのは、幼年時に愛読した宮本武蔵とウエブサイトに沢山届く日本人からのファンレター、そしてやはり同僚から聞いた『クラッシック音楽を愛し、熱狂的で礼儀正しい』という日本の聴衆の評判。来日前からアンナ・ネトレプコとのガラ・コンサートの企画が上がり、すでに真っ黒なスケジュール表を調整しつつ、「毎年来日したい」と意欲を見せる。今後ますます目が離せない。