Cutalyst 2016/02/05 配信
「ドローン」と聞くと、ネガティヴなニュースの数々が一瞬脳裏をよぎるのを禁じ得ないが、ここスイスには、真のドローン愛好者が空撮意欲をそそられる自然が溢れているため、そのような低俗なドローン界とは一線を画している印象を受ける。
実際に「ドローン」という名称は、第二次世界大戦中の軍のスパイ行為に使われた物を思い出させるため、スイスのドロニストの間では「ムルティコプター(英語風に発音するとマルチコプター)」と呼ばれているそうだ。そして、さまざまな役立つ使われ方をしている。
例えば、雪崩等による遭難者の発見に貢献している。湖水(海水)浴場では、浮き輪が搭載されているドローンで溺れている人を見つけると、その場で浮き輪を投げて助けることができ、津波で流された人をも救出しているという。その他、ウラン測定機能をつけてホットスポットを見つけたり、地雷を探し出すという使用法もある。
それらの目的にミニチュアヘリコプターが活躍した時代もあったが、環境に優しいとは言い難い。その点ドローンはエコロジカルで、自然をけがさない点も評価できる。「スイスの規則に則って、自然を撮りに来る『ドローントリップ』客は歓迎する」とスイスのドローン先駆者リカルド・ペレット氏は語る。
©Birdviewpicture
ペレット氏がドローンの可能性に目をつけたのは、2007〜2008年のことだった。
子供の頃からテクノロジーに興味を持ち、飛行物体に惹かれていた彼は、その情熱に導かれるままに、レッドブルエアレースで小型飛行機の内外にカメラを装着する技術者になった。アジア初のレッドブルエアレーサー室屋義秀の操縦する飛行機の担当となり、カメラをつけるだけでなく、そのカメラを改良するなど、室屋氏と二人三脚で調整を重ねていたという。その体験を通して、無人で飛行するカメラを夢想した頃、スイスでドローンが使われ出したのだった。
その後レッドブルエアレースの休止が決まったのをきっかけに、ドローンで身を立てようと決心するが、当時23歳の彼に起業資金はなかった。ドローンの将来性など、誰に熱弁を奮っても真剣に受け取ってもらえないような時代だったので、「マイホームの航空写真」や「イヴェントの記念に」といったアプローチで宣伝を繰り返し、知り合いの依頼を安い値段で請け負い始め、資金を貯めて2009年にようやくBirdviewpicture社を4人で設立した。
当時はまだ何の規制もないスイスだったが、やがてアメリカや中国からドローンが入ってくるにつれ、少しずつ規則が決められていった。それでもその規制の認知度は低かったが、2014年の改訂に伴い、周知されるようになった。その概要は以下の通りである。
・500g〜30Kg規模のドローンで、地上から150mの範囲を飛行する場合、許可を得る必要はないが、それを越える場合は届け出が義務づけられている
・25人以上が集まる場所には、100m以内に接近してはならない
・空港周辺5km以内の空域は飛行禁止
・ドローンパイロットは常にドローンを肉眼で確認できる場所にいなければならず、視界が遮られてしまう場合には、ドローンが見える場所にいる第二の人物を用意する
これに対し前述のペレット氏は次のようにコメントしている。
「第一の規制にある通り、ドローントリップに使われるような小型ドローンについては許可を得る義務はないが、保険に入る必要はあるだろう。そのような「万が一」に備えて、地元の警察や自治体に自己申告しておくことをお勧めする」
「また、救急病院のヘリコプター離着陸場に近い場合などもあるので、注意が必要だ。そのような理由から土地勘のない旅行者が町中でドローンを飛ばすと、思わぬ事故を引き起こす可能性が高い。今までそのような事態は起こっていないが、1度起これば、プロ、アマ問わず、ドローンの飛行を禁止される場合も想定されるので、ドローントリップは自然の中で行われたい」
それでも町中で飛ばしたい場合には、Birdviewpicture社らがサポートサービスも行っているので、危険を冒す前に、ぜひ相談してみたい。英語での対応も可能で、例えば、半日同伴で400スイスフランというから、大切なドローンが落ちたり、重大事故を引き起こしたり、またはせっかくのドローントリップなのに、分からないことが多くて思うような空撮ができなかった、などの事態を未然に防ぐには高くない値段だ。同伴サービス後の空撮時に起こったトラブルの対処もサポートしてくれるという。
「第二の規則は、万が一ドローンが落ちた場合、25人以上の人間が散り散りに逃げることが難しいと想定されるために制定されたものなので、充分なスペースのある屋外などの場所で行われる集会等については適用されないこともある」という。こちらも事前に照会されたい。
「第三の規則で見落としがちなのは、5km計測の起点が空港ビルディングではなく、滑走路の一番端だという点だ。万が一禁止区域を侵害した場合は高額の罰金を課せられるので、気を付けなければならない」
これらのリスクを冒してまで街で空撮しないで済むように、ペレット氏の写真をお届けしよう。これ以上の写真は撮れないのではないだろうか。チューリッヒ在住20年の筆者も、このようなロマンティックなチューリッヒは目にしたことがない。
©Birdviewpicture
旧市街地の日没もこんなにポップだ。
©Birdviewpicture
スイスを訪れる日本人観光客が大好きな街ルッツェルンもペレット氏のドローンにかかると、こんなに広がりのある街として堪能できる。
©Birdviewpicture
街のドローン写真を楽しんだら、実際にドローンを持って自然を満喫しに出掛けよう。第一のお勧めはライン川の滝だ。ただ、水の中にドローンが落ちないように!
©Birdviewpicture
それから山歩き。ドローンをリュックに積め、トレッキングしているうちに、空撮ポイントは自ずと見つかる。
例えば、ティチーノ州のベルニーナ峠。
Bernina Pass Kanton Tesin ©Birdviewpicture
ヴァリース州ツェルマット付近。
Kanton Vallis ©Birdviewpicture
グラウビュンデン州のフリュエラ峠は動画でご紹介しよう。
雪景色はEngadin地方も良いそうだが、ここではユングフラウ山の氷河の写真で息を飲もう。
©Birdviewpicture
Jungfrau Gletscher Kanton Bern ©Birdviewpicture
その他、2007年にユネスコ世界文化遺産に登録されたワイン畑Lavauxや、Grimsel峠もドローン空撮お勧めスポットだそうだ。
これほどドロニスト魂をくすぐるスイスであるが、各機器の定期点検から修理、自作ドローンまでを賄える「100%プロフェショナルな」ドローン空撮専門会社は5本の指で足りるほどしか存在しないという。隣国ドイツでは例えば、映画を撮るドローンは証明書が必要だったりするが、スイスにはまだそのようなシステムは存在しない。その自由な空撮環境を守るために、プロのドロニストたちによってドローン連盟が組織され、自発的に所有しているドローンを登録できるようになっている。
こうしてプロ各人が事故を起こさないように最大限の注意を払っている中、ドローントリップで訪れる旅人が、彼らの活動環境を規制させる結果に結び付くような行動を取るのは慎みたい。
それでも「ドローン」というだけでネガティヴなイメージがつきまとうことをペレット氏は憂慮している。昨年12月22日、イタリアのマドンナ・ディ・カンピリオで開催されたワールドカップ男子スラロームで起きたドローン落下事故も、またそのバッシングのネタにされていると感じている。
「どんな最新テクノロジーでも、事故のリスクは必ずついてくるのに、例えばこの事故のあった日に起きた、死者5人を出したバス事故よりもドローンの事故ばかりが取り沙汰されているのがよい例だ」
「このドロニストはプロフェッショナルだったとは思えない。まず何よりも、ドローン用に用意されていた飛行航路を出て空撮していた。その理由が何であれ、プロは事故が起こるリスクを計算に入れ、事故の被害を最小限に抑えられる力を持っているべきだ。この事故の原因は、寒さでバッテリーに支障をきたしたという報道もあるが、個人的にはそれは間違った見解だと思う。何らかの故障だとしたらケーブルだと思うが、いかなる悪条件が重なっても、レースの動線に落ちることは避けられるようにしていなければならなかった。 テレビ局などのディレクターが、多少のリスクを負ってでも、刺激的な映像を撮るよう圧力をかけてくることもある。そのような、ドローン専門家ではない人間の無謀な要望を却下出来る覚悟もないと、プロとは言えない」
このように、30歳の若さで一流のドロニストとして会社を運営しているペレット氏の次の目標は、将来的に、請け負う仕事を大規模ドローンでの空撮に絞り、映画や広告用に最新のテクニック映像を提供するのに集中することだ。実際彼の映像を使った広告はスピード感を伴った緊張感と広がりが心地よい。
現在360度カメラを使った独自の映像技術開発も手掛けており、夏が始まる前までには発表できる予定だという。
その効果を生かした不動産の広告や、観光PRに期待が寄せられる。スイスのドローン界はこれから益々楽しみだ。
取材・執筆 : 中 東生
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