47 News / Yahoo! News 2020/02/11 配信
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小児がんと聞いて、皆さんはどのような印象を持つだろう。子供のがんということは知っていても、実態は分からない人が多いのではないか。小児がんは一般的に0~14歳の子どもがかかるがんの総称。治療法の進歩で5年生存率が70~80%まで上がっている。ここスイスの地にも生存率のさらなる向上と患者が充実した生活を送れるための支援体制確立を目指し奮闘する小児がん専門医がいる。(チューリヒ在住ジャーナリスト、共同通信特約=中東生)
▽厳しい研究環境、製薬業界の投資も少なく
チューリヒ大学付属子供病院で医長を務めるニコラス・ゲルバーさん(47)だ。
「簡単ではない」。小児がん研究について、ゲルバーさんはそう話す。小児がんは白血病や脳腫瘍、神経芽細胞腫(神経細胞にできるがん)、悪性リンパ腫、腎芽腫(腎臓にできるがん)など種類が多い。加えて、成人に比べると患者数が少ない。例えば、日本でがんになる人は推計で年間100万人。そのうち、小児がんは約2千から2500人しかいない。この傾向は人口857万人のスイスでも同じ。新たに発症する成人患者が年間3万7千人なのに対し、小児がん患者は220人だ。
種類が多いにもかかわらず、症例数が少ない。当然、治療法の研究は進みづらくなる。そこで、ゲルバーさんらは米国の病院と共同研究を行うだけでなく、欧州諸国と研究成果を共有して新たな治療法の確立に取り組んでいる。ちなみに日本でも、各地の拠点病院から国立がん研究センターなどに症例や治療法に関するデータを集めて研究に活用している。
患者数が少ないことは別の問題も生んでいる。ゲルバーさんは「製薬業界が小児がんの新薬開発に投資をしたがらない」と指摘する。新薬から得られる利益がそれほど期待できないためだ。結果、小児がん研究費の確保は難しくなっている。
▽偶然の再会
現状を変えたい―。ゲルバーさんの願いは、世界的バイオリニストのパトリシア・コパチンスカヤさん(43)に伝わり、小児がんへの理解を深めるとともに研究への支援を募るチャリティーコンサート開催に結びついた。奇跡のような話が生まれたのには、かつてピアニストとして活躍していたゲルバーさんの人生が大きく影響している。
ゲルバーさんがピアノに出会ったのは5歳の時。生まれつき6本あった左手の指を1本取り除いた後のリハビリがきっかけだった。音楽に心奪われたゲルバーさんはピアニストへの道を歩み始めることにしたが、医師になる夢も捨てきれず大学では医学部に進む。見事に医師免許を取得したものの、再びピアニストへ。そして、32歳で医師として生きようと思い定めた。ゲルバーさんも「10代後半から30代前半にかけてはどちらを選ぶか迷い続けた」と振り返る。
ピアニスト時代にデュオを組んでいたのが、コパチンスカヤさん。そんな2人は数年前に偶然再会する。ゲルバーさんが治療に当たっていた白血病の子供がコパンチンスカヤさんの親戚だったのだ。
ゲルバーさんから小児がんを取り巻く現状を教えてもらったコパンチンスカヤさんはすぐに動く。2019年11月にスイスのチューリヒで行われたチャリティーコンサートでは、15年ぶりにピアニストとして復帰したゲルバー氏とコパンチンスカヤさんがモーツァルト作曲「ピアノとバイオリンのためのソナタK14」などを演奏した。
大成功に終わったコンサートのハイライトは、患者やその家族が舞台に登場した時だった。彼らがそれぞれの経験や思いを次々に語る。会場は、小児がん患者を支えなければならないという思いに包み込まれた。
▽長期的ケアも必要
ゲルバーさんが目指すのは、治療の進歩だけではない。生活の質(QOL)を保ち、楽しく暮らしてもらうための支援体制の確立にも腐心している。
小児がんは若くして患者となるため、肉体や精神に負担を強いられる期間も長くなる。治療中は吐き気や嘔吐(おうと)、下痢、口内炎、貧血などといった副作用に悩まされる。その後も、低身長や記憶障害、不妊などの合併症を引き起こす可能性がある。結果、就職や結婚の障害となる恐れも出てくる。数十年後に発症するケースもあり、長期的なケアは欠かせない。
「長いスパンで患者やその家族と関係を築けるところが自分に合っている」。そんな思いから小児がん専門医を選んだというゲルバーさんは今日も患者や家族に寄り添い続けている。
掲載元
47NEWS:https://www.47news.jp/47reporters/4509764.html
YAHOO!News: https://news.yahoo.co.jp/articles/5ca286981a3b0c31c84f1a58532fb6ee3dd0ce8d