クルレンツィス初来日に寄せて

コンサートプログラム 掲載

音楽界の革命家クルレンツィスは、2016年にロシアで会った時から訪日を心待ちにしており、 来日直前には「ロシア人よりもチャイコフスキーを理解している日本人へ向けて、 現代に蘇るチャイコフスキー像を呈示したい」と抱負を語っています。

 斬新さが迸る録音からもわかる通り、「楽譜から新しい何かを読み取れないならば、再演する必要はない」とクルレンツィスは考えます 。 彼自身、他の人とは違うアプローチができると気付いたので、指揮の世界に足を踏み入れたと言います。

 そのアプローチは革命的ですが、彼は革命につきものの破壊を好みません 。イリヤ・ムーシンに師事するためロシアに留学した後、ノヴォシビルスク国立オペラ・バレエ劇場の音楽監督になったのも、「システムができ上がっている場所で新しいことをするには、既存の物を壊さなければならないが、でき上がっていない場所ならば壊さずに造り上げられる」と判断したからでした。

 そして自分の追求する音楽を実現させるために、その地で結成したのがムジカエテルナです。 異端児だったクルレンツィス が、 彼らと真夜中まで練習・録音して仕上げたCDは音楽業界で認められ、エコー・クラシック賞などを受賞するまでになりました。

 ムジカエテルナとは、国際ディアギレフ・フェスティバルを開催しているペルミ国立オペラ・バレエ劇場から芸術監督のオファーがあった時も、彼らを同伴するという条件で承諾するほど、「家族のような」関係を築いています。ペルミ市民も巻き込んで街全体が支える音楽祭では毎回熱い公演を聴かせ、ザルツブルグ音楽祭でも、嬉々として演奏する姿が新風を巻き起こして いました。

 今回の共演者パトリツィア・コパチンスカヤも、独特のスタイルを認めさせる実力を備えた音楽家ですが、「短期間でわかり合え、兄妹のような関係になった」とクルレンツィスは回想します。彼らの最新の共演を聴ける日本人を、世界中が羨ましがることでしょう。

 今シーズンから南西ドイツ放送交響楽団の首席指揮者にも就任したクルレンツィスは、「シュトゥットガルト放送交響楽団とバーデン=バーデン・フライブルクSWR交響楽団が統合し、両楽団員から懇願されたら、どうして断れるでしょう」と、その決断理由を説明しており、統合後の新しいアイデンティンティを模索するこのオーケストラとも、破壊を伴わない革命を見せてくれるでしょう。

 「西洋は博物館のように過去を展示する存在となっており、これから可能性を秘めているのは東洋だ」と日本に注目するクルレンツィスの革命は、実は音楽にとどまらず 、彼の音楽を聴いた人をより良い人間にし、それをもって世界を変えていくミッションも含んでいるのだそうです。鑑賞中に得られた幸福感で、周囲の人に優しく接すれば、日本での彼の革命も既に始まっているのです 。

 中 東生